CCBJニュースレター

在日ブラジル商工会議所は、毎月会員の皆様あてにニュースレターをお届けしております。3月号では、イノベーション分野における日本とブラジルの新たな交流の形について、拓殖大学国際学部の竹下幸治郎准教授にご寄稿いただきました。

日本とブラジルのイノベーション交流の新たな形とは?

拓殖大学 国際学部 准教授(元ジェトロ中南米課長)

竹下 幸治郎氏

◆社会変革のためのイノベーション

資源価格に左右されがちなブラジル経済において、持続的・安定的な成長を遂げる国になるためにイノベーション振興は欠かせない。ただし、ブラジルの技術は「輸入されたもの」が多いとし、ブラジル発のイノベーションを興す必要性を唱える識者もいる。

しかし、最近のイノベーションに対する世界の見方は、R&D重視から社会変革重視に変化してきている。こうした見方の国家レベルでの変化を理解するには、英・サセックス大学の科学政策研究ユニットSPRU(Science Policy Research Unit)のヨハン・ショット(Johan Schot)教授らが示したフレームが有用である。同フレームは、世界各国のイノベーション政策を古い順に3つに分類している。すなわち、「科学的発見の商業化」を目指す第1のフレーム(innovation for growth)、産官学交流やテクノパークにみられるイノベーション創出のための国家システム形成を志向する第2のフレーム(national systems of innovation)、そして今後主流となりそうなのが第3のフレーム(transformative change)である。社会が必要とする変革実現の手段としてのイノベーションという捉え方は、特にSDGsが国連で提唱されて以降、世界的に強まっているように感じる。

ブラジルの国家イノベーション戦略で最新のものは2020年10月28日付法令10534にて公布された。同政策は、上記の3つのフレームのうち、特に第3のフレーム、すなわち社会課題解決のためのイノベーションに関する項目が多く含まれている。他方、日本のイノベーション戦略(2020年7月17日発表)をみると、第1のフレーム、つまり要素技術へのこだわりがみてとれる。例えば、ディスラプティブ(破壊的な)で斬新な技術・ビジネスモデルを生み出すべく、「ムーンショット型」研究開発制度に注力するということなどが含まれている。

日本で生まれた新たな要素技術が、ブラジルにおいて新たなビジネスモデルの根幹となるシステムに組み込まれ、社会課題解決に役立つのであれば、そこにはWin&Winの関係が成立する。さらに、そうしたビジネスが、ブラジル同様の社会課題を抱える他の中南米諸国で展開されることになれば、日伯間のイノベーション連携の成果はさらなるメリットを両国にもたらすことになる。

◆システム・イノベーション創造・普及の担い手としてのスタートアップ

社会変革をもたらすイノベーションが今後、重要性をさらに増す中、そうしたイノベーションを生み出し、普及させる主体として注目されているのがスタートアップである。社会課題を解決する民間セクターとしては他にNPOもあるが、スタートアップは事業成長に伴い、業容を拡大し、社会インパクトを高められるほか、利益が出てくると、雇用機会を生み出し、納税主体ともなりうる。財政赤字と雇用機会創出に苦しむブラジル政府にとり、有り難い存在だ。

そのブラジル政府は、2020年12月現在で45もの支援プログラムを用意するなどスタートアップ振興にこの10年近く取り組んできた。政府が進める電子政府化もスタートアップにとっては有益だ。特に行政手続きの電子窓口への登録者数はコロナ禍を背景に急増し、2020年12月時点で8,000万人を超えている。こうした電子化に伴って生み出される多種多様な公的データの活用が進むと、アプリの開発工程の短縮やそのシミュレーション、さらにはニッチな市場の創出など。スタートアップの実務面にもメリットがある。

ブラジルのスタートアップの数は今や1万3,000社を超え、推定時価総額10億ドルを超えるいわゆるユニコーンと呼ばれるスタートアップも11社輩出している。実はこれらユニコーンのいくつかにソフトバンクグループのイノベーションファンドが関わっており、日伯間のイノベーション交流を支える重要な存在となってきている。しかし、いずれの出資案件も日本の要素技術がブラジルのスタートアップのビジネスモデルに組み込まれているわけではない。

今後、日本とブラジルのイノベーション交流の裾野をさらに広げるためには、日本で開発された要素技術をブラジルの企業ないしスタートアップのビジネスのシステムに組み込んで新たな価値を創出するという「共創」の要素が必要である。そのためには、創業間もないために売り上げを立てるに至っていないシードステージにある多くのブラジルのスタートアップと日本企業の接点づくりも重要となる。すでにジェトロが2020年、グローバル・アクセラレーション・ハブ事業を通じて日本のスタートアップのブラジル進出を支援し始めたり、JICA、農林水産省(アグテック中心)もスタートアップがらみの事業を展開し始めたりしている。こうした事業は、裾野レベルにイノベーション交流を拡げるという観点では意義が大きい。個人的には、日本のスタートアップが単に母国でのビジネスモデルをブラジルに移植するのではなく、ブラジルのスタートアップとイノベーションを「共創」し、同じ社会課題を抱える国々でその問題の解決に貢献する事例が増えることを望みたい。

 

1新しいビジネスモデルを構築してベンチャーキャピタルなどから出資を集め、それをもとに事業を拡大し、最終的に株式市場に上場したりM&Aなどで他社に買収されたりして社会に統合されていく企業を指す

以上

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