CCBJニュースレター

在日ブラジル商工会議所は、毎月会員の皆様あてにニュースレターをお届けしております。5月号では、サンパウロ大学法学部法学部国際法比較法学科博士教授で同大学大学院(日本語日本文学専攻)教授の二宮正人氏にご寄稿いただきました。新型コロナウイルス感染症以前に世界的に流行した主な感染症に関する文章で、国際交流基金のサイトに掲載されたものです。

 

日本の新型コロナウイルス感染症対策に関する法体系

二宮正人

サンパウロ大学法学部法学部国際法比較法学科博士教授、同大学大学院(日本語日本文学専攻)教授、 公証翻訳人兼宣誓通訳

日本は地震や台風、津波、火山の噴火など自然災害の多い国として知られるが、現在はCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が深刻な問題となっている。そこで日本の感染症流行の歴史を振り返ってみたい。

古くは神話時代にも言及され、西暦720年に完成した日本書紀にも記述がある天然痘について見てみると、735年と737年に大流行したという記録が残されている。752年に完成した奈良の大仏は、疫病退散の祈願のために建立されたと言われている。当時の日本の人口の25%から30%にあたる100万人から150万人が感染したと見られている。

天然痘はその後も度々流行を繰り返し、大勢の人々の命を奪った。天然痘による死者数は、イギリスのエドワード・ジェンナーが1796年に発見した種痘の普及により減少に向かった。日本では、捕虜として連行されたロシアで種痘法の知識を身に付けた後、1810年に日本に返還された中川五郎治によって伝えられた。しかし日本では、牛由来のワクチンのため接種すると牛になるという偏見のために種痘への反発が強かった。

日本で実際に種痘が行われるようになったのは1848年以降のことで、その後100年間で広く普及し、1955年に日本政府は国内の天然痘の根絶を宣言した。1980年には世界保健機関(WHO)が天然痘の根絶を宣言した。

その他の感染症としては、ペニシリンが登場するまで不治の病として恐れられた肺結核がある。1934年の肺結核患者数は当時の日本の人口の2%肺結核に相当する130万人で、死亡者は約13万人だった。第二次世界大戦後には、進駐軍によってもたらされた抗生物質の普及で結核患者は減少した。またBCG接種も結核の予防に貢献した。

しかし近年になって、以前ほどではないとはいえ結核は再興感染症として問題となっている。2019年の日本の結核罹患率(人口10万人当たりの結核患者数)は11.5人、感染者数は1万4460人、死者数は2088人で、アジア諸国の中では低い数値だが、先進諸国の中では高い水準にある。

※国際交流基金のサイトに掲載された文章の抄訳。全文はこちら: https://fjsp.org.br/estudos-japoneses/artigo/serie-especial-de-ensaios-pandemias-no-japao-estrutura-juridica-de-combate-a-covid-19/

 

翻訳:CCBJ/メディア・ブラジル

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